『鎌倉殿の13人』でその名前を知った方も多いかもしれない、畠山重忠。『鎌倉殿の13人』で中川大志さんが熱演されています。畠山重忠は13人の合議制メンバーには入っていないものの、主人公の北条義時(小栗旬)と、盟友三浦義村(山本耕史)と初回からずっと登場。重要な役どころです。29話からはフレディー・マーキュリーを彷彿させるヒゲもたくわえて「見栄えのいい男」全開です。
史実での畠山重忠は坂東八平氏の一つ秩父氏の出身、「坂東武者の鑑」と言われ、馬をいたわって鵯越では馬を背負って駆け下りたという逸話は有名です。人望も厚い武士だったと伝えられています。
その畠山重忠の終焉の地、鶴ヶ峰のゆかりの地レポートをお届けします。
去る8月21日に開催された「大河ドラマ【鎌倉殿の13人】スペシャルトークin横浜」の観覧に幸運にも当選しまして、当日、中川大志さん演じる畠山重忠の終焉の地・横浜市旭区の『畠山重忠ゆかりの地マップ』をいただきました。
当日のイベントには、畠山重忠役の中川大志さんと、足立遠元役の大野泰広さんが登壇。足立遠元は娘を畠山重忠に嫁がせ、重忠の舅にあたるので、大野泰広さんが娘・菊の前が祀られている「駕籠塚」や、畠山重忠が祀られている名所をお参りされてきた映像が流れました。
スペシャルトークの内容はこちらから
『ゆかりの地マップ』を片手に、秋の気配が感じられる9月6日(火)、横浜市旭区鶴ヶ峰(相鉄本線鶴ヶ峰駅)周辺を散策してきました。
地図が読めない上に方向音痴ですが、ゆかりの地散策(迷子?)が好きなわたしの珍道中をご紹介させていただきます。お役に立てば幸いです。
全行程
相鉄本線「鶴ヶ峰駅」周辺の青いラインのスポットを回りました。
- スタート相鉄本線・鶴ヶ峰駅
(横浜から相鉄線・快速で11分でした。)
- ①旭区役所駐車場そば首洗い井戸
(旭区役所の駐車場の傍らにひっそりと)
- ②首洗い井戸のすぐそば首塚
(首洗い井戸のすぐ後ろを、30メートルくらいゆるい坂)
- ③帷子川×厚木街道の交差点畠山重忠公碑・さかさ矢竹
(帷子川を見下ろすように建っています)
- ④薬王寺六つ塚(むつづか)・薬王寺
(少し坂を上ります)
- ⑤鶴ヶ峰神社そば駕籠塚
(鶴ヶ峰神社の近く、小高い坂の上にあります。) - ゴール鶴ヶ峰駅そば、重忠プレミアムあんぱん
(おやつにサンエトワール鶴ヶ峰店の「重忠プレミアムあんぱん」購入)
まず「Avenza Maps」をダウンロード
スペシャルトークイベントで配布された『畠山重忠ゆかりの地マップ』は、B1サイズで、広げると割と大きいのと、(何度も恐縮ですが)私、本当に方向音痴なので、出発前にマップの裏にあった「Avenza Maps」をダウンロードして、案内に従って「重忠公ゆかりの地マップ」を読み込んでいきました。
鶴ヶ峰駅出発
横浜から快速でわずか11分、相鉄本線・鶴ヶ峰駅到着です。
鶴ヶ峰駅に着いたら、駅員さんにルートの高低差を教えてもらって、出来るだけアップダウンが少なくい周り方を決めようと思ったのですが、あいにく駅員さんがおられなかったので(あとで調べたら駅係員を配置されていない駅でした)、トークイベントで大野さんも「結構、勾配がありました」って言ってたし、南口から出て目の前に上り坂があったので、きっとこっちだ!と思い坂道を上り始めました。ですが、しばらく歩いて「Avenza Maps」で、自分の現在地を見たら、全く逆の方角に進んでいまして、慌てて駅方向に戻りました。
鎧(よろい)の渡し緑道
気を取り直して、「Avenza Maps」の「重忠公ゆかりの地マップ」に従うことを肝に銘じ、鶴ヶ峰商店街を進みます。左前方に旭区役所・公会堂が見えます。
最初、商店街を直進しましたが、横道に入るように「鎧の渡し緑道」という遊歩道が整備されていて、その道を進んだ方が『首洗い井戸』と「首塚」にアクセスしやすかったです。
①首洗い井戸
旭区役所・公会堂の駐車場に、畠山重忠公の首を洗い清めたといわれる井戸「首洗い井戸」の札がありました。帷子川の流れが変わったり、二俣川と帷子川の河川改良が行われて、今はその面影がなくなっています。
②首塚
「首洗い井戸」から右を向いて、ゆるやかな上り道を数十歩行くと「首塚」があります。
重盛公の首が祀られた場所と言われています。今は西向きですが、以前は南(鎌倉の方角)を向いていたといわれています。
③畠山重忠公碑・さかさ矢竹
「首塚」を後にして、順路に従えばよかったのですが、『鎌倉殿の13人』関連の展示があるかもしれないと思い、旭区役所や公会堂にもお邪魔したので、建物を出た時点で方向を間違え、帷子川の周りをぐるっと今川橋まで行ってしまい遠回りになりました。
水道道と厚木街道の交差するところに「畠山重忠公碑文」と「さかさ矢竹」があります。
帷子川から見上げます。(今川橋まで行ってしまったので、公碑の後ろ側からアクセスすることになりました…)
畠山重忠公碑は、昭和30年に重忠の没後750年を記念して、鶴ヶ峰と重忠の地元・埼玉県深谷市畠山の有志の方々によって建立されたそうです。地元の方々に愛され続ける畠山重忠公。
さかさ矢竹は、重忠が矢に当たった時に「わが心正しければ、この矢に枝葉を生じ繁茂せよ」と言って、2本の矢を地面に突き立てたそうです。その矢が根付き、毎年2本ずつ増えて繁り続けたといわれているそうです。
「重忠公」と聞くと、どうしても中川大志さんのお顔が浮かぶので「見栄えがいい」ばかり想像してしまいますが、こういう逸話を読むと、清廉潔白な「武士の鑑」畠山重忠公を感じることができます。
(まぼろしの)矢畑・越し巻き→ありました!
標識と「ゆかりの地マップ」の青いラインに沿って、水道道を「矢畑・越し巻き」に向かいます。
ですが、たどり着けず。。通りを一本間違えたかもしれません。家に帰ってから調べますと、説明の札のみ残っているとのことで、前を通り過ぎたにも関わらず、札を見落としたのかもしれません。
ちなみに「矢畑」は一万騎の北条軍から重忠軍勢に向けて、矢が畑のように放たれた場所で、「越し巻き」は腰巻のように矢に取り囲まれた様子だそうです。この場所は、首塚より北に徒歩15分くらいの位置ですので、重忠軍は北条軍の矢を浴びて絶体絶命、首塚の辺りまで最後の力を振り絞ったのだと思いました。つらいです。
★追記★ブログ仲間のjitan001さんが教えてくださいました。
昨日、この記事を読んでくださったブログ仲間のjitan001さんが、「気になって~」と
Googleマップで探してご連絡くださいました。ありがたいです。感謝しかないです。
やはり一本行き過ぎていました。北(写真右)側の通りの突き当りに公園があったのですが、そこが名所・旧跡ありそうな雰囲気が漂っていたので、公園に吸い寄せられてしまいました。
そして、この札の前、通ったはずです。向かいの白い大きな看板に気を取られて、気づいてませんでした。方向音痴な上に注意力散漫。人生でも見落としていること山ほどありそうで…
場所がわかってスッキリしました。
jitan001さん、心より感謝です。ありがとうございます。
六つ塚(むつづか)に向かいます。
④六つ塚(むつづか)・薬王寺
ここまで歩いてみて、「Avenza Maps」の現在地がかなり精密ということと(スマホの向きを変えただけで、即座に地図に反映される)、『畠山重忠ゆかりの地マップ』の通り一本一本も正確だということを再認識しました。青いラインに従わなくても、ポイントを目指してジグザグに地図を見ながら進めば確実に到着できそうです。
ということで、六つ塚(むつづか)には多分最短ルートで到着しました。
畠山重忠公はじめ、一族郎党134騎を埋めたと伝えられている6つの塚と、霊堂である薬王寺さん。
重忠公の霊がお祭りされていて、毎年命日の6月22には慰霊祭が行われるそうです。
大野泰広さんが、トークイベントの時に六つ塚にお参りした時に、ぞくぞくと感じるものがあったと話されていたのですが、私も薬王寺と六つ塚にうかがった時に風が強く吹いていて、塚のみを写真に収めるのは申し訳ない気がして、写真を撮りませんでした。薬王寺さんの境内と、横の敷地にそれぞれ三つ塚がありました。
⑤駕籠塚(かごづか)
薬王寺さんから駕籠塚(かごづか)に向かいます。今回訪れた5か所の中で、一番高い地点にあります。
畠山重忠の妻・菊の前が、合戦の知らせを聞き、急ぎ駆けつけましたが、重忠の戦死を聞いて悲しみ自害し、ここで乗ってきた駕籠ごと埋葬されたといわれています。
駕籠塚からの眺めです。南方向に視界が開けています。グーグルマップで現在地を示すと、ちょうど真南を向いていて、すなわち鎌倉の方角を向いていました。調べてみると、この道は鎌倉古道の中道かなと。畠山重忠も「いざ鎌倉」の折に、ここを馬で駆け抜けたのかもしれません。
鶴ヶ峰駅そば、重忠プレミアムあんぱん
駕籠塚から徒歩15分、鶴ヶ峰駅に戻ってきました。
『ゆかりの地マップ』で紹介されていた、「重忠プレミアムあんぱん」を購入しました。
「大河ドラマの放送期間中だけですか?」と伺ったところ、もともとの定番商品だそうで、いつでも、これからも販売されているそうです。
スクエア型のふっくらしたパンの中に、あんとホイップクリームの2層。このバランスが絶妙で口触り軽く何個でも食べれそうでした。
「重忠プレミアムあんぱん」1個 200円(2022年9月現在)
サンエトワール鶴ヶ峰店
横浜市旭区鶴ヶ峰2-21-20
045-373-6309
まとめ
『鎌倉殿の13人』が本当に面白くて、大河ドラマで初めて知った畠山重忠公のゆかりの地を訪ねてみたいと思い、鶴ヶ峰駅周辺を散策しました。大河ドラマ人気で中川大志さんに関連する展示などがあるのかな。と思いましたが、実際の鶴ヶ峰周辺は、この一年がどうこうというレベルではなく、800年の歴史の重みを感じました。
重忠公に謀反の気持ちがなく、その上、軍勢の数から見ても完全な負け戦、重忠公に従って潔く散っていった一族郎党134騎の姿を見て、「終焉の地」というだけなのに、重忠公とその一族郎党を丁重にお祀りしている鶴ヶ峰の皆さんは温かいなーと思いました。区役所で立ち話をした方や、水道道を脇に入ったところで道を聞いた若いご夫婦も、皆さん優しくてほっこりしました。
まっすぐで一点の曇りもない「武士の鑑」畠山重忠公ゆかりの地・鶴ヶ峰。
わたしのようにウロウロしなければ、おそらく1時間程度で回れます。
800年前の畠山重忠公に思いを馳せてみてはいかがでしょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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