18話は「腰越状」が平宗盛(小泉孝太郎)の代筆だった!という斬新な解釈に驚いた回でした。
伊豆の目代・山木討伐から5年。ここまできました18話の見直し感想です。
>>こちらの記事で『鎌倉殿の13人』のあらすじネタバレを全話紹介 しています。
義経「戦場でしか役にたたん」
義経は、奇想天外な戦略で連戦連勝。ついに壇ノ浦で平家を滅ぼします。
ですが、安徳天皇の死+三種の神器の宝剣の喪失と、完全な形の勝利ではないところに陰口をたたく者もいます。
もし義経がサプライズ戦法を使わず、真っ向勝負する武士だったら、平家滅亡はなかったかもしれないです。勝つことが正義だったこその義経伝説です。
戦場での冴えわたるアイディア、義経は戦に出るとアドレナリン全開ですが、謀略家の後白河法皇(西田敏行)にうまく利用されてしまいます。
義経にも弁慶の他に、頼朝の大江広元、後白河法皇の丹後の局(鈴木京香)のような参謀がいれば、バランス生きていけたかもしれません。
神に守られた2人
嵐の中、奇襲攻撃をかけるために義経が手勢の5艘だけで漕ぎ出した時のこと、
義経を案じる畠山重忠に、梶原景時が
「(義経には)戦いの神がついている。これで死ぬのなら、命運はここまで。」と言っていました。
梶原景時の人を見る目は一貫して、「天運があるかどうか。」です。
・石橋山の戦に敗れた頼朝を見逃した時。
・上総広常が頼朝に刺客を放つも、頼朝は九死に一生を得る。
・上総広常を斬るかどうかを双六の勝敗で決める。
景時の物差しだと、神に守られている頼朝と戦の神・義経の2人が仲良く共存するはずはなく、そこはシビアに「八幡大菩薩の化身」と尊敬していた義経の肩を持つのではなく、讒言ともいえる報告を次々と頼朝に上げていきます。
頼朝も兄弟の情よりも、武家社会を築くことが本願なため、義経に厳しい態度を取り続けます。
しかし、頼朝は政子にだけは「義経のお陰で平家が滅びた」と伝え、二人で涙を流して喜びます。
この姿は御家人には見せられません。
腰越状の代筆
16話「伝説の幕開け」では、木曽義仲を倒した武功をそれぞれが手紙で頼朝に伝えてくるシーンがありました。
義時は細かすぎて分かりにくい、和田義盛は絵入りで可愛いけど可愛さは不要、景時は箇条書きで非常に分かりやすい、際立っていたのが、義経が早馬で寄こした「勝ったどー!」だけの手紙でした。
頼朝は義経からの手紙に誰よりも喜んでいました。ダイナミックな手紙は得意な義経ですが、腰越状のように、一部始終を説明して心情に訴える手紙は苦手なようです。
「鎌倉殿の13人」18話では、護送中の平宗盛が代筆するという新解釈でのストーリ展開でした。
深読みしますと、滅ぼされる平家の宗盛が一矢報いるために頼朝と義経の仲を裂こうとしたのかも。とも思えます。
義経が宿泊し、腰越状を書いたと言われる満福寺の地図です。頼朝から「これより東には来るな」と命じられました。腰越~鎌倉は、江ノ電で20分くらいの距離です。
里芋の恩返し
腰越に留め置かれている義経。じりじりと待っていただけではありませんでした。
平宗盛の「首はどこにさらされても構わないが、せめて息子と体だけでも同じ場所に葬って欲しい」という願いを聞いて、腰越での最後の夜、親子での時間を設けてあげます。
また、8話「いざ鎌倉」で、義経一行に里芋の煮物を差し入れた藤平太という者を義経は義理堅く覚えていて、お返しにどっさりの里芋をプレゼントしていました。
前半はかなりサイコパスに描かれていた義経ですが、ここにきて良い人エピソードが続きます。
人の心を持つと「鎌倉殿の13人」では、退場が近いことを意味するので、見る側は複雑です。
最後に
18話は、義経の判断がことごこと裏目に出て、孤立していく展開でした。
義経には情や義理堅い面もたくさんありましたが、圧倒的な強運の持ち主しか天下人にはなれない。というストーリー展開でした。
上総広常の書状、御家人たちの書状と続いてきて、今回の腰越状の新解釈にはうなりました。
1180年の伊豆目代・山木討伐から5年。
歴史研究が進み、「イイクニ」1192年ではなく、平家が滅亡した1185年(イイハコ)を鎌倉幕府設立ともいうそうで、なるほど、確かにと思いながら大河ドラマを楽しんでいます。
>>こちらの記事で『鎌倉殿の13人』のあらすじネタバレを全話紹介 しています。
「鎌倉殿の13人」全体のおさらいはこちらから↓
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